病気に感謝すること

カテーテル検査でわかったんですが、僕の場合、先天的かも知れませんが、冠動脈が突然細くなっている箇所があり、他の血管から助け船のように血管が成長していたらしい。詰まったのは、その突然細くなっている箇所の前だったようです。心筋梗塞になったときの症状が軽かったのはそのためでしょう。ひどい胸焼け、尿量が減少、肩と背中のひどくこる、その程度でした。ただ、症状が軽かったために心筋梗塞に気がつかず、近所の医者は膵臓が悪いんでしょうね、などと言って見当違いの薬を処方してくれ、カテーテルを受けるまで2週間も放置してしまいました。

心筋梗塞の場合、詰まってから、4~6時間くらいが勝負のようで、時間が極めて重要とのこと。その間に再還流療法を行ない、閉塞を解いて心筋に血流を回復させれば、心筋の機能喪失を最小限に抑えられる。僕の場合、当然ながら、心筋は壊死し機能の完全な回復は見込めない状態です。でも、救急車で運ばれるようなひどい症状だったとしたら・・・。不整脈による心室細動等によって亡くなっていた可能性もある。

心臓が壊死してしまったと聞いて、最初は複雑な気持ちでした。でも、退院後しばらくして、携帯のメールを見ていたときに、あることに気づき本当に死ななくて良かったと思いました。

それは・・・

ちょうど心筋梗塞を起こした(と思われる)2日ほど前の夜ですが、体調が思わしくなかったため(どんな風だったか今となっては思い出せません)、妻に、“ちょっとしんどいんだけど迎えに来れない?”とメールしたところ(自宅から職場まで車で20分位)、自分も体調が悪いからと断られてしまい、バスと電車を乗り継いで1時間かけて帰りました。夜遅くなればなるほど本数が減るもので(-_-;)

もし心筋梗塞で亡くなっていたとしたら、それが妻との最後のメールのやりとりになってしまっていたことに気づいたわけです。僕の中では、直接の因果関係はないと思っているのですが、後に遺された妻が、このメールのやりとりに気づけば、“あのとき・・・・していたら”と自らを責めるのは必至です。妻にそのような思いをさせずに済んで本当に良かったと思うのです。

心筋梗塞を起こした後にも、仕事に3日間も行っており、毎日夜11時くらいまで残業。そのうち2日間はかなり遠方への移動を伴っていました。心筋梗塞直後は心筋が豆腐のように極めてもろい状態になり、心破裂などの恐れもあるため、絶対安静が必要だそうです。よく無事でいたものだと今更ながら自分を生かしてくれた神様に感謝する思いです。

今は、毎日行き帰りとも妻の送迎付きで、ほぼ定時退社。外食は健康に悪いからと、昼食は妻の手作りの弁当です。早く帰りますし、往復の車の車中での妻との会話も増えました。帰る途中、スーパーで一緒に夕食の買い物をするのが日課です。以前は帰宅するとほとんど寝てしまっていた子供達とも毎日夕食を囲みます。家族と触れ合う時間が増え、家族の大切さを心から実感することができるようになりました。病気にならなかったら、気づかなかったことです。