クレーム記載形式による差異(コンビネーション形式のススメ)

かなり以前の話になりますが、拒絶査定不服審判について、審判官から連絡がありました。“今のままのクレームだと引例と差がつかないので、もう少し工夫してもらえないか”という打診です。

審査官には審査件数のノルマがあるためか、あまりきちんと見てもらえないまま拒絶査定になってしまうものが結構ありますが、審判では合議体で客観的に技術内容をきちんと見てもらえるケースが多く、よほど無理な主張を行っていなければ、拒絶査定が覆ることも多くあるように感じています。今回の打診も、特許にする方向での問合せです。

今回の審判案件は、数年前に別の知財部員が担当したもので、クレームは以下のようなプロセス的な書き流しクレームで書き表された「もの」のクレームです(もちろん大幅に換骨奪胎していますが)。

 A基体の上面にC構造を形成し、前記A基体の上面に対してB基体の上面を貼り合わせたことを特徴とするD構造体。

審判官が挙げた引例には、A基体とB基体との間にC構造体が挟みこまれたものが記載されています。審判官の意見は、引例はA基体、B基体、C構造体の3つの部材から成っているのに対して、本発明はA基体とB基体の2つの部材から成っているので区別されるべきだとは思うが、今のままのクレームでは、本質的に変わりがないので許可することはできない、というものです。

「プロセス」のクレームに変更してしまえば、明確に区別されるのはわかっていますが、侵害認定の容易性を考えると、何とか、「もの」のクレームでがんばってみたい、と思い、明細書中を探したところ、「A基体はC構造が形成される下地となる」という文言を見つけ出すことができましたので、これを使ってみました。

最終的に審判官からOKをもらえたクレームは、下のようなコンビネーション形式の記載方法にしたものです。

 上面にC構造を有するA基体であって、前記C構造が前記A基体を下地として形成されているA基体と、
 前記A基体の上面に対して、上面を貼り合わせたB基体と、を具備するD構造体。

“A基体を下地としてC構造体が形成される”という部分だけでも、C構造体がA基体の付属物であることはわかりますが、上記のコンビネーション形式のクレームならば、A基体およびB基体の2つのメインエレメントから成っており、C構造体がA基体の一部分(サブエレメント)であることは間違いようがないほど明確です。上記の例では、審査の流れ上、「下地として形成」「貼り合わせる」などのプロセス的な用語を抜くわけには行かなかったのが残念ですが…。

審判官が大幅なクレーム表記の変更を好まない場合も考慮して、最初の書き流し形式のクレームに“A基体を下地としてC構造体が形成される”だけを付け加えたものも併せて提示したのですが、杞憂でした。

私は、当初の書き流し形式よりも、最終案のコンビネーション形式のクレームに対して、圧倒的な機能美・様式美を感じます。語句自体は書き流し形式でもコンビネーション形式でもそれほど変わらないように思われるかも知れませんが、コンビネーション形式のクレームは、改行位置(区切り位置)や語句の位置も発明を表すための重要な情報となっています。それゆえに、一言一句、無駄な情報が一つとしてありません(少し言い過ぎかも知れませんが)。

実は、通常の拒絶理由通知への対応において、書き流し形式のクレームをコンビネーション形式に書き換えただけで、拒絶理由が解消したことは一度や二度ではありません。上記のように引例との差異が明確になる場合もありますし、明細書の記載不備(いわゆる36条違反)でも効果絶大です。例えば、クレームと明細書とが大きく矛盾していて、審査官から相当頭に来ているなと思われる拒絶理由を受け取ることがあります。このようなケースの多くは、発明者の原稿を上っ面だけ読んで、さらさらと書き下された書き流し形式のクレームです(私の担当案件の例)。これを論理的に隙のないコンビネーション形式のクレームに変更するだけで、当初の明細書とは見違えるものなります。私が審査官だったら、このギャップの大きさだけで許可にしても良いとさえ思えるほどです。

実際には審査官がどのように考えておられるのかは聞いてみたことがないのでわかりませんが、審査官が拒絶理由を撤回しやすい心理状況を作り出すための補正(いわゆる「おみやげ補正」;詳細は下記に抜粋)として、有効に機能しているように思います。

   以下、弁理士の遠山先生の知財文化・創造と教育内にある、意見書作成マニュアルより抜粋

⑥ 本来ならば補正しなくとも進歩性を主張できると思ってもあえて補正をすることがあります。
 補正したことにより、出願人も「譲歩した」との印象を審査官に与えて、拒絶理由を撤回しやすい心理状況を作り出すためです。<一度出した拒絶理由を単に意見のみで覆すのは困難であり、何らかのおみやげが必要なのです>
 この場合、技術的に限定でない限定補正(形式的補正)を行います。

その他の理由として、米国に出願される可能性も考えれば、審査や権利解釈でこちらの意図するとおり正しく解釈してもらうためには、コンビネーション形式でクレームを記載しておくのが良いと思います。もちろん翻訳の手間を省くという費用的な効果もありますが…。