[書評]マイクロソフトを変革した知財戦略

Microsoftがいかにして知財戦略の方針を転換していったかを、実際に携わった当事者が(秘密保持契約の許す範囲内で)生々しく語った内容がもとになっており、極めて貴重な証言である。デファクトスタンダード化したソフトウェアを利用する代償としてPCメーカーなどのパートナーに対して、NAP(不争条項)を強引に押し付けて、係争を回避しようとしていた時期(2000年以前)から、自社特許のポートフォリオ化に手を付けるとともに、不争条項を撤廃して積極的に他社とクロスライセンス契約を結び、積極的に自社以外の力も活用しながらイノベーションを推し進めていく姿勢に転換していくくだりは極めて面白い。

ただ、誤解してはいけないのは、Microsoftはオープンイノベーションに積極的な慈善団体などではなく、自社の利益を最大化するために特許を有効に活用する方法を会得した私企業に過ぎないということだ。現在(2010年10月3日)もAndroid陣営と特許係争を繰り広げており、昨日もMotorolaを訴えたというニュースが入ってきた。訴訟に入る前には交渉を続けてきていたはずであり、現在もAndroid陣営の各企業に対して個別に交渉しながらゆさぶりをかけているのだろう。その背後には特許を最大限に活用して自社の事業を有利に進めていくかという各社の思惑のぶつかり合いがある。AppleGoogleMicrosoftが、三つ巴となってどのような戦いを繰り広げていくのか、今後も興味を持って注視していきたい。

翻訳が残念。あとがきでは、事実関係の誤りを避けるために原書に忠実に翻訳したとのことだが、原書に忠実に翻訳することと日本語の自然な表現を無視するのとは違うと思う。「さらに皮肉なことに、オープンイノベーション自身が、金額の高低だけに着目した会計の専制から、知的財産の価値創造をどこまで解放するかを、私も十分に認識することができなかった」(P106)などという文章を読むたびに思考が停止してしまい、読むのに四苦八苦した。良い内容だけに残念である。

なお、本件の書評については、不良社員さんのブログ(徒然知財時々日記)の記事がさらに深い考察を行なっている。