知財バブル…実業と虚業の側面

自分に出来ること|【特許】特許実務家の呟き

将来性がこの業界にあるとはいえないかもしれませんが、私に出来るのは知財の仕事しかないのかもしれません。特許技術者は技術者の墓場とはよく言ったものです。無資格のまま知財の仕事を続けるのはあまり気が進みませんが、もう少し考えて見ます。

を読んで考えたこと。

最近の知財ブームで、特許業界に人が流れ込む速度は加速度が増してきているように思えます。職務別採用制度を導入する企業も増え、優秀な人が次々と来るようになりました。企業において技術者の墓場と言われた特許部門、先達の明細書を読んで技法を盗んでスキルを上げてきた叩き上げの特許技術者等は、既に過去のものとなりつつあります。

ただ、理系の大学生の方が最初から特許業界を目指すことについては、諸手をあげて賛成できません。最近の知財ブームには、「実業」的な面ではなく、「虚業」的な面ばかりが強調されていることに危ういバブル臭を感じるからです。「実業」、「虚業」について、辞書(Web上の大辞林)から定義を抜粋しますと、

  • 実業
     農業・工業・商業・水産業などのように、商品や原料の生産・売買に関する事業。
  • 虚業
     投機的な堅実でない事業。大衆をだますうさんくさい事業。

となっています。

ちょうど90年頃のバブル絶頂期に給料の高い銀行に理系の学生が次々と就職していったことと類似しているように思われます。不動産投資という虚業のバブルがはじけたのは、それから数年後のことでした。知財バブルがいつはじけるか。それほど遠い将来のことではないかも知れません。

私は、知財の仕事は、本来は「実業」を守るために、水面下で法律と技術を駆使して陣地を取り合う地味なものだと考えています。審査官や競合他社と、法律と技術の土台の上でディベートを行って勝たなければなりません。したがって、知財の仕事は、このディベートに勝つための準備に過ぎないと割り切って考えています。特許実務家さんが以前書かれていた特許の本質は、所詮言葉いじり、ということと同義かも知れません。

発明の本質を捉えてクレームをドラフトをする。ディベートの元となる明細書中に、何か言われたときに言い返すためのネタをどれだけ仕込んでおけるか。相手の主張に対して言い返すために、様々な法解釈、判例、審査基準を読み込む。相手の特許の弱点を見つけて論破するために何日も特許庁夕陽丘に籠もって先行技術を手めくりする。競合相手の特許を調べ上げて弱点領域を見つけ出し、集中的にアイデアを発掘して出願し包囲網を築く。いずれもディベートに勝つために、地道にコツコツと行なう地味な仕事です。

主体はあくまでも実業。これを忘れて虚業に走ると痛いしっぺ返しを食らいます。先日の一太郎判決も、松下が本来メーカーとして行なってきた実業ではなく、虚業で稼ごうとしたことが、世間から非難を受けることになった一因であると考えています。ジャストシステムに対して、アイコンのヘルプ機能で差止請求をして、松下にとって何の利益があるのでしょう。強面の会社であるというイメージの構築でしょうか。

話が逸れました。

企業の知財部にとって、弁理士資格は特に必要であるとは思えません。侵害訴訟代理を任せられる、資格手当がある(ところもある)、知財関連の法律に詳しいので皆から頼りにされる、などのメリット(デメリット?)がありますが、仕事の内容に応じて必要な人数の弁理士がいればそれで良く、自分自身が弁理士である必要性はないと考えています。

技術が好きで技術者から信頼されること、そして「実業」を守るという地味な仕事に喜びを感じられるかどうか、が長い目で見て、企業で知財パーソンとして大成するかどうかの分岐ではないか、と感じます(事務所の状況はわからないので、企業の知財の例だけで言っています)。

先ほど書いたように、優秀な理系の大学生が、今のうちから、自分の進む道を知財分野に絞ってしまうのは賛成できません。まずは研究や開発に没頭していただき、実業の分野で大成して欲しい。もし芽が出ない、自分に合っていないならば、知財の道に進むという選択肢を選んでも遅くはないと思います。この業界は間口は広いけれども、抜け出すのは容易ではありません。先日の記事で書いた友人も、今の企業に就職するまでに、プータロー状態で1年以上就職活動を行なっていたようですが、事務所に10年勤めたことが自信がとなっているのか、“いざとなったら、いつでも事務所という逃げ道があるから、心配はしてなかったけど”と、笑っていました。優秀な人材を確保したい事務所の方々には申し訳ありませんが、特許事務所に勤めるのは最後の選択肢と考えておいた方がよいのでは…。

この業界は引く手あまただから、食いっぱぐれないために資格を取るという人も私の知り合いにいますし、かなりの割合を占めているように思います。弁理士合格者数も増加傾向にあるようですが、良い事務所はなかなか増えませんし、やっと見つけてもコンフリクトがあったり値段が高すぎて使えない。そういう意味では、まだまだ不足と言えるでしょう。先ほど述べたことと矛盾するようですが、企業の側からいえば、事務所が増えれば、他社とコンフリクトがなく、かつスキルの高い事務所に出会える確率も増えますし、さらに事務所間で競争が激化して、費用が安くなる可能性もあるので、もっと合格者を増やして優秀な人材が増えて欲しいと思う部分もあります。

しかし、上で述べたように、知財部も事務所も、実業を補佐する役割以上のものではありません。開発者が特許に意識を持ち、力を入れてくれるのは知財部にとっては、ありがたいことですが、本業を忘れては何にもなりません。昨日、開発の会議に出ていたとき、開発の責任者が“問題となる特許をクリアできる目処がたっていないので、止まっています”というようなことをいったときに、トップから“おまえはアホか、特許があってもやらんとあかんのやろが、邪魔な特許があったら買うたるわ。止まっとらんで先に進まんかい!”と叱責されていました(変な関西弁ですみません。PecanはNative関西人ではないもので…)。

そのとおり、特許を理由に開発を止めるなんていうのは愚の骨頂。採算シミュレーションに特許のライセンス料を加味して計算し、利益が出るように原材料、工程を設計したらいいのです。現在、医薬品などの限られた業種を除いて完全に特許で独占的に事業展開することは難しい。したがって、基本的には邪魔な特許があれば、最悪買ってくればよいのです。それで利益が出るような商品を作ってくれれば、あとは、知財部の腕の見せ所。問題となる特許をつぶす、開発品が特許の技術的範囲に入らないようにアドバイスする、ライセンスを受けるときに、相手との力関係を見ながら、押したり引いたりして金額が少なくなるよう交渉する、などいくらでもやることがありますし、これによって、開発品の利益は増える方向に行くだけ。

繰り返しになりますが、重要なのは、開発した製品が、市場に出て利益を出せるようにすることです。製品売上の利益を目的にすべきであって、知財の運用益を目的にするのは本末転倒という意を強くしました。

知財バブルは何らかの形ではじけると思います。弁理士の資格保持者だが職がないという人が増えるかも知れませんし(これはバブル崩壊とはいわないか)、自社の本業と関係ない知財を運用して利益を上げようとする虚業の部分について、何らかの規制がかかるかも知れません。しかし、実業は必ず残りますし、これを保護する特許制度がなくなることもないと思います。他社はどうであれ、今は実業を守るために、営々と地道に知財の活動を行なっていくことが重要だと考えています。

感想のつもりで書き始めたところが、長くなってしまいました。また、偉そうなタイトルですが、中身もあまり一致していないように思われます。要するに、チラシの裏に書いた落書きのようなものですね。しかし、自分の考えを整理する良い機会となりました。