事務所から企業への人の流れ

一昔前までは、企業から特許事務所に行く場合、一方通行という感じがありましたが、最近、知財業界に人の流入が増えているためでしょうか、双方向で流れが生じているように思われます。例えば、大学や大学院を卒業後、最初に特許事務所に特許技術者として何年間か勤務した後、企業の知財部に転職するというパターンを頻繁に見かけるようになりました。以前、同級生にあったという記事を書きましたが、彼もそのパターンです。

事務所から企業の知財を志す動機としては、権利化の業務に飽きたらず、知財の運用にもトータルに携わりたいというものが多いように聞いています。ただ、もう少しうがった見方をするならば、給与水準が一般企業に比べて低い場合がある(出来高でない場合?)、弁理士になることをあきらめた(もしくはなるつもりがない)人にとって、弁理士の資格を有する未経験の方がたくさん採用されつつある現在の事務所は必ずしも居心地が良くない場合がある、などの背景もあるかと思います。

企業知財において、事務所出身者を採用する理由は、即戦力として以外にありません。これは、知財の分野に限ったことではなく、企業が正社員の採用をする際に、教育訓練費を抑制するため新卒採用を控えて即戦力の中途採用を増やすのは、ここ数年の一般的な流れであると思います。なお、企業内の新人教育が不要と言っているわけではありませんが、ここでは触れません。

これまで日陰の部門で人材も不足していた知財に対して、次々と難題が降りかかってくる時代です。知財報告書をまとめる、M&Aで買収した会社が抱えていた特許問題をすべて引き継ぐ…(全部架空の例で、Pecanの会社とは関係ないです(笑))。従来の如く、新卒採用、開発から知財に異動、他社の知財部からの転職、というパターンではまかないきれません。優秀な人材は転職市場では奪い合いで、入ってくれる保証はない。かといって、新卒や異動者の教育には、出願系業務を一通りこなせるようになるだけでも少なく見積もっても2年半から3年。間に合わない。

そこへタイミング良く、発明の本質を掴む発明把握能力、明細書作成や中間処理のスキルに長けた事務所の人材が転職市場に流入してきた。基本的に、法務や知財の場合、企業が変わっても、扱う内容が変わるだけで仕事の内容は極めて類似点が多いと思います。事務所と企業であっても対特許庁の出願系業務は共通。したがって、高いスキルを持つ人は、入ったその日から即戦力として活躍することができ、(現時点では)どこに行っても食うに困らないと思えます。

このように企業と事務所(の転職者)の需要と供給がうまく合致して、この事務所から企業への人の流れを生み出しているのでしょう。

なお、企業の知財部の仕事は、権利化だけではなく、それ以外に他社との知財バランスを見ながら集中的に権利化していくポイントを決める、他社が侵害している証拠を掴んでライセンス交渉する、自社の製品が他社の権利に抵触していないか判断する、など多岐にわたります。ただ、基本は「自社事業(製品)を保護する広く強い権利を取ること」に尽きると考えます。強い権利なくして、他社との交渉で優位を保つことはできませんし、無効理由を含む特許をいくらたくさん集めても強い知財ポートフォリオにはなり得ません。したがって、事務所で培った能力(強く広く特許を権利化する)は、企業における幅広い知財活動の全ての局面で大いに役立つように思われます。

企業の開発部→事務所→企業知財という経歴の同僚もいますが、事務所への仕事の依頼もツボを押さえて的確だし、明細書を書かせても早くてポイントを押さえている。企業の開発者の立場、企業の知財の立場、事務所の特許技術者の立場をすべて経験しているので、相手の視点にたった仕事ができているように思われます。穏和な人なので交渉には向いていないかも知れませんが…。