顧客の意図

特許男プロジェクトの記事「顧客の価値観~序」へのトラックバックです。

B事務所は、そこの大半の担当者が弁理士で、彼等なりのプライドを持って明細書を作成している感が強かった。事実、自分が接するB事務所の弁理士達は、A事務所の人達よりも自信に溢れ、語る言葉にも説得力があったように思う。
(中略)
I:「うーん、B事務所全般にいえるんだけど・・・。こっちが言ったことや書いたことが変に捻って明細書に記述されいるんだ。こっちがある意図や目的を持って表現したことが、まったく反映されていないっていうか・・・。電話で修正箇所を指摘しても、”あーだこーだ”言ってこちらの意図通りになったためしがない!あれだったらA事務所の方がまだマシだよ。少なくとも、言ったことをそのまんま書いてくれるからね。」
(中略)
 結果的に、凡庸な事務所よりもプライドを持った事務所の方が顧客の評価が低かったという、何とも皮肉な話である。

それにしても、一体、B事務所の何がいけなかったのだろう。
発明者の出願申請書等をそのまま引き写さなかったこと・・・?
発明者に”あーだこーだ”言ったこと・・・?
事務所担当者がプライドを持っていたこと・・・?

ここいら辺を安全サイドに解釈した結果が、この業界で半ば鉄則化している”発明者絶対主義”や”申請資料至上主義”に繋がるのかもしれない。

かなり昔の話になりますが、社内の発明者との間で同じような経験をしたことを思い出しました。当時、私はある事業部の担当で、事業部のリエゾン経由で送られてきた発明者からの明細書案を仕上げて出願する仕事をしていました(いわゆる内製)。

ある日、技術者のI氏(奇しくも同じイニシャルですね)の明細書案に目を通し、他の技術者からの明細書案と全く同様に発明の範囲を先行技術ぎりぎりまで広げなおしたクレームをドラフトして、それに合わせて、発明ストーリーも書き換え、全体的に手直ししました。これらは全て、事業部の技術者から発明を発掘してくれているリエゾンとやりとりして進めたものであり、問題が起こるとは思ってもみませんでした。というか、これまではそういうやり方で発明者の方からお褒めの言葉をいただくこともあり、今回も自分で見る限り満足のいくものでした。

しかしながら、できあがった明細書案を見たI氏は「こんなん俺の発明と違う」と、へそを曲げてしまいました。後からわかった話ですが、I氏は他社特許のために開発を断念した経験もあり、特許に対しては人一倍意識が高かったようです。そのため、明細書にも彼なりの工夫を凝らしていたのですが、私にはそういった工夫を見抜くことができず、十把一絡げに他の技術者の(手抜き)明細書と同様に処理を行って、私の色に染めてしまったわけです。その結果、できあがった明細書案からはI氏の工夫が全て消えてしまい、機嫌を損ねる結果となりました。

今回の特許男(壱)さんの話にある、「こっちがある意図や目的を持って表現したことが、まったく反映されていない」というIさんのセリフをみたときに、上述の経験が脳裏に蘇りました。

B事務所(同列で比べるのは畏れ多いですが「私」)は、プライドや自信を持っていました。それ自体は悪いことではなく、むしろ良いことだと思います。しかし、「特許を出願する」といっても、顧客(発明者)の意図は千差万別です。顧客(発明者)がその特許を出願することによって、何を意図しているのか。自分の技術を守りたいのか、他社を牽制したいのか、どこかに売り込んで一財産作りたいのか、会社のノルマなのか、“お父さんは特許を出したぞ”と息子や娘に威張りたいのか、何も考えていないのか…。そういった意図を無視して、特許とはこうあるべきだ、としてしまい相手にその考えを押し付けるのは、傲慢のそしりを免れないだろうと思います。

もちろん相手の意図が間違っていると思えば、そこはよく話し合って双方ともに納得のいく着地点を見つけるべきです。単に、B事務所が顧客に“あーだこーだ”言ったことがまずいのではなく、顧客の意図を汲もうともせずに“あーだこーだ”言ったことが顧客の機嫌を損ねることになったのだと思います。言い換えれば、コミュニケーションが双方向となっていなかったということでしょうか。私もリエゾンとやりとりするだけで十分わかったつもりになり、発明者のI氏とは全くコミュニケーションをとっていませんでしたので、相手の意図など理解できようはずもありませんでした。

結論は陳腐な感じになってしまいますが、相手の意図をよく理解し、さらに相手の立場に立って最も必要なものは何なのか最大限に想像力をめぐらせ、その土台の上で提案すれば(プロとしての自信を持って)、問題は生じないし、相手にも満足してもらえる結果を生むのではないだろうか、と思います。